第2話 センター街 - Piskesoft

晴輝は頭の中を整理した。
あの薬を飲んで、風邪の所為で頭が痛くなって、寝て、起きて、寝て、大谷が来て、起きて、こうなった…。
「何でお前もこうなってないんだよ?」
晴輝は声と不釣合いの口調で台詞を吐く。
「何で俺がそうならなきゃいけないんだよ…」
「いや、薬の影響だろ? これ」
「あー、そういうことか。 じゃあなんで俺がそうなってないんだ?」
「そうだよー、何で俺だけなんだー?」
晴輝は頭を抱えた。その前で、和馬はうーんと唸った。
「お前さ、まず『俺』ってやめない?」
「あぁ? なんでだよ?」
「いやさ…」
和馬はこめかみを指で掻き、言葉を続けた。
「声と口調がすげぇ合って無いぞ」
「そうだなぁ…。 じゃあなんて言えばいいんだ?」
「たとえば…、あたし、とか」
「うえぇ、お前がそれ言うと気持ち悪いな」
「うるさい黙れそれ以上物言うと殴るぞ」
間髪居れずに、早口で言う。
「でも、それハズいぞ…」
「じゃあ、僕とかでいいじゃん」
「まぁ、それでいいか…。 『僕』なんて何年ぶりに言うんだろ」
晴輝は苦笑しながら言う。そして、和馬は「あー」と前置きをして、
「あと、『お前』ってのもやめ」
と、言った。
「あー、そうだなぁ…」
「苗字でいいぞ」
「大谷」
意味もなく名前を呼んでみる。
「…くん、とか付けない?」
「えぇ…? 嫌だ」
「あっさり言うなよ…」
晴輝は「あー」とか「うー」とか唸りつつ考えた。思いつき、あっ、と声を漏らした。
「お兄ちゃん」
「な、なんでだよ!?」
「お兄ちゃん♪」
「不許可っ!」
「マジかよ…。 いいと思ったのに」
少しの間、また考え込む。
「カズちゃん、とかは?」
「……っ、ダメだ。 却下っ!」
和馬は顔を伏せた。
「えー、なんで? いいじゃん『カズちゃん』」
「ハズいっ!」
下がった頭を両手で掻きつつ、和馬は言った。
晴輝は、戸惑いつつも、この状況を楽しんでいることに気がついた。
「うん、じゃあそれに決定な」
「いや、だからさ…」
「そうそう、名前はどうしよう? カズちゃん」
「その呼び方はやめろって…。 名前ねぇ、適当に「はるか」とかでいいんじゃね?」
もはやどうでもいいように和馬は答える。その回答に晴輝はまんざらでもないような顔をした。
「うん、いいね、それ」
「いいのかよ…。 すごい適当だったんだぞ」
「ま、この場限りのようなもんだし」
だがここで、晴輝、いや、はるかは重大な問題に気がついた。
「め、免許証!」
財布からそれを取り出すと、はるかは肩を落とした。
「ま、当然変わってないよな…」
「戻るまでの間運転できねぇんじゃん」
「住民票とかもだよな…。 長くなったらどうしよ…」
深く考えた。考えたが、既に常識の範囲外のため、解決策は思いもつかなかった。
仕方がない。開き直るか。
はるかは、そう吹っ切り、一度、咳払いをした。
「カズちゃん、服、買いに行かなきゃっ♪」
「お前…どんなキャラだよ…?」

 

はるかは、風呂場に居る。寝汗を流すためだ。
お湯の蛇口を捻り、体にシャワーのお湯をかける。
お湯が温かくなってきたところで、頭を洗う。普段使わないリンスもつける。
…腐ってなければいいけどな。
その心配とは裏腹にいい香りが鼻をつく。さらさらの髪に指を通す。髪の長さは肩より少し上ぐらいまで。
続いて、体を洗う。いつもの調子で強く擦ると、痛かった。
こんどは優しく、撫でるように擦る。
「ぷっ…!」
なんだか、可笑しかった。自分なのに、何を気遣っているんだろう、と。
しかしこの体、胸が無いな。
普段ぶら下がっているものも…あるわけないか。
全身を洗い終え、体全体をシャワーで流す。
脱衣室で水気を落とし、タオルで体を拭く。
そして、衣類ケースから服を取り出す。
「…あー、でかいな、こりゃ……」

 

渋谷。
二人は電車でここまで来た。はるかは、取り敢えず男のときの服を着てきた。だが、それはブカブカしすぎて、視線を集めていた。
「どうしよ…、なんか恥ずかしい…」
「しゃーねぇだろ。 これから買いに行くんだから」
「だねぇ…。 あっ!」
はるかは、自分のズボンの裾を踏んで転びかけた。
「短パンとか無かったのかよ…?」
「あれは長さが微妙だよ…」
「そういえば、そうだよな」
和馬は、視線を人ごみの中に移した。いつものように進むことだけを考えて歩いた。
しばらく歩くと、左腕に妙な感覚を覚えた。ふと、左に目をやる。
左腕には、はるかの両の腕が絡みついていた。
「もー、カズちゃん、歩くの早いよー」
風が吹く。はるかの髪がなびく。その動きに合わせて、いい香りが和馬の鼻をつく。

萌え。

………違う違う違う違う違う!!
「だーっ! はは、離れろ!」
和馬はそれを振りほどいた。
「えへへー、萌えた?」
はるかは舌を少し出し、からかうように笑った。
「も、萌えるかよ…」
ふいっと横を向く。
「つーかお前、楽しんでるだろ?」
はるかはうーん、と唸り、
「せっかくこうなってるんだし、楽しまなきゃ損だって」
と、答え、再び和馬の腕に絡みついた。
「やめろって言ってるだろーが…」
そう言うが、今度は振りほどいたりはしない。少しはうれしいのだ。

 

それから、少し歩いたところで和馬がふと、足を止めた。
「ここでいいんじゃねぇの?」
「あぁ……じゃない。 うん、そうだね」
二人は店の中に入っていく。そこで適当に、二、三着を選ぶ。
元に戻るだろうから、こんなもんでいいだろ。
はるかはそう考えた。と、横から和馬が呼ぶ。
「おい、これ着てみろよ」
彼が手にしているのは裾がかなり短いスカートだった。
「なっ! そんなん着れるかぁ!」
その声で周囲の視線を集めてしまった。
「ばーか。 お前、自分の体、もう一度鏡で見てみるか?」
「…遠慮しとく」
はるかは小さくなっていた。よほど恥ずかしかったのだろう。
さっさと会計を済ませ、ここは出て行くことにした。

 

「まったく…、すごい恥ずかしかったんだからね…」
はるかは少し頬を膨らませて言った。
「いや、お前が悪いんだろ」
「むぅ~…」
何か、仕返しを考える。和馬に悟らないように辺りを見回した。すると、一件の店が目に入ってきた。
…これだ。
そう思い、はるかは和馬の腕を引く。
「ねね、あそこ行こう、あそこ」
「あぁ? どこだ…、って無理、俺には無理っ!」
彼を誘った先は、取り敢えず必要であろう、下着の店だ。
「まぁまぁ」
そう言い、半ば強引に店へと押し込む。もっとも、こんな体じゃなかったら俺でも拒絶するが。
店内に入ると、色とりどりの下着が並んでいた。客は、彼を除くと全員女性だ。
「ねーねー、カズちゃぁん、どれがかわいいと思うー?」
「ば、ばかっ。 自分で選べっ! つーかキャラ違うしっ!」
赤くなった顔を和馬は右手で覆い隠している。そこに、店員が来た。
「いらっしゃいませ。 どういうのをお探しですか?」
「うーん、そうですね…。 無難なのがいいです」
「無難なものですか。 あら? その方は彼氏さんですか?」
店員が、逃げないように腕を固められている和馬に気づいた。
「はい、そうなんですー」
「なっ!?」
和馬が、ばっ、と抗議の目をこちらに向けた。
「そうなんですか。 じゃあ、あなたが選んで差し上げればいかがでしょう?」
店員は、和馬に微笑みかけ、そう言った。
「彼女さん、喜びますよ」
「はぁ…。 そんなもんなのか?」
「うん、そうだよ。 だから、ね?」
「…どんなの選んでも、怒るなよ」
和馬は諦め、そう言った。そして、二人は店内を歩き回る。

ひとつのハンガーを取り、和馬ははるかにそれを差し出した。
「これなんかいいんじゃねぇ?」
「あー、かわいいー。 …ん?」
はるかの目に、ぱっと映ったもの。それを手に取った。
「カズちゃぁん、これはー?」
派手なTバック。
「ぐぁ…、やめとけって…」
直視できないのか、和馬は目を逸らした。そこでふと、思い出したかのように、
「そういやお前、サイズわかんの?」
と、ハンガーを戻しながら聞いた。
「あ…」
適当に買っても仕方がないので、採寸してもらうことにする。はるかは店員の方へ向かった。
「すいません、採寸お願いできますか?」
「いいですよ。 では、こちらにいらしてください」

和馬は、試着室に背を向け、腕を組みながら立っている。背後からは、終始会話が聞こえてくる。
「では、まず肌着を脱いでくださいね」
「え、なんか恥ずかしいですよ…」
「ちゃんとしたサイズが測れないですので。 さぁ」
「あ、はぃ…」
布が擦れる音がする。
「それじゃあ、腕を上げてください」
「はい。 …ひあっ!?」
「あら、冷たかったですか? すいません」
「い、いえ…」
「A70、ですね」
「うーん、小さいですよねぇ…」
「そんなことないですよー。 形もいいですし」
「えっ、そ、そんな…」
その会話を聞きながら和馬は、うーん、と唸り、心の中で呟く。
…生殺しですか、これは。

 

夕暮れのセンター街を二人は歩く。
「お前、結構センスいいじゃん」
紙袋を抱えたはるかは、小声でそう言った。
「キャラ戻ってるし…」
「ありゃ演技だ。 接客業なめんなよ」
「同じバイトじゃんか…。 あ、そういえば、明日シフト入ってるけど、どうすんのよ?」
「…あっ」
「休み入れてもらうしかなくねぇ?」
「お前、代われよ」
「いや、その気持ちは山々だけど…。 明日俺も入ってるんだよ」
「あぁ、そうだったか…。 じゃあ、帰ったら店長に電話で聞いてみる」
話しているうちに駅まで着いた。切符を買い、改札を通る。ホームに行くと、ちょうど電車が来ていた。それに乗り込み、はるかが言う。
「…満員だね」
「あぁ…」
うんざりした様子で和馬はそれに答えた。

 

数十分経ち、二人はそれから解放された。
陽は殆ど沈み、夜になっていく。分かれ道まで二人で話しながら歩き、その分岐点で、和馬は立ち止まる。
「そいじゃ、また明日」
「あぁ。 じゃあな」
「休み、取れるといいな」
心配そうに言う。
「だな。 これはシャレにならないし…」
はるかが言い終わると、和馬は彼女に背を向けて、右手を上げ、自宅へと歩いていった。
「…ほんと、シャレにならねーって…」
呟き、歩き出す。

少し歩いたところで、後ろから影が伸びてきた。はるかが、ふと振り返ると、そこには和馬がいた。彼は、後頭部を掻きながら言う。
「…原付、置きっぱなしだった」

 

はるかの家の前で、二人は今日の別れを済ませた。部屋に戻ったはるかは、早速店に電話をかける。応答したのは、店長だった。
「もしもし、高橋ですけど」
『あー、はいはい。 どうした?』
声が低く、しかしよく通る声。
「あーっと、明日、休ませてもらえないスかね?」
少しの間。途中、うーん、と聞こえた。
『ダメ♪』
明るい声で言う。はるかは、ぐぁー、と言い、
「本当に無理っすか?」
と、もう一度聞いた。
『正当な理由がないとね』
諭すように言われたが、正当な理由なら、ある。
「朝起きたら女になってますた」
『寝言は寝てから言え。 切るぞ』
「あ、ちょ、ちょっ!」
『ツー、ツー、ツー、ツー…』
…ストレートすぎたか…。
発言に後悔しつつも、明日現実を突きつけようと決めた。今日は歩き疲れたので、少し早いが寝ることにする。
信じてくれるだろうか、という不安も、眠気によってかき消されていた。

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