第7話 親 - Piskesoft

午後十二時半。
はるかは、不安を抱きつつ電車に揺られている。
取り敢えず、例の書類は持ってきた。信じ難いだろうが、事実であることは確かだ。
だが、こんな姿になってしまったなんて、親にしてみればショックだろう。
どういう顔をして会えばいいのだろうか。
「はぁ…」
無意識に、ため息が出ていた。
どんなことになろうと、気にはしなかった。むしろ、この体を気に入ってしまっている。
不可抗力ではあるが、こうなることを望んでいたのかもしれない。
しかし、親のことなど、気にもしていなかった。
彼は、どう思うだろうか…。
そんなことを考えていくうちに、電車は目的地のホームへと進入していく。

 

東京駅、新幹線改札口前。
旅行かばんを引きながら歩く人が目立つ。
はるかは、壁を背にして人の流れを見ていた。
どういう顔をして会おうか。
先ほどの疑問が再びよぎる。考えは、すぐにまとまった。
「自然にいこう」
そう呟き、覚悟を決めた。
と、人の流れの中に、見知った顔が二つあった。
「母さんも来たのかぁ…」
後頭部を掻き、そこに歩み寄っていく。当然のことながら、彼らは全く気づいていない。
「やぁ。 久しぶりー」
声をかける。それでも気づかない。
「父さん、母さん。 こっちだよー」
その声に、ようやく反応する。が、きょとんとしている。
「えーっと、あの…。 どちらさまですか?」
はるかの父親、謙二が遠慮がちにそう聞いた。はるかは微笑を作った。
「やだなぁ、しばらく見ないうちに顔、忘れちゃった? はる………き、だよっ♪」
二人は、呆気にとられている。やがて母親、真美が口を開いた。
「……………か、変わったね、晴輝…」

 

はるかは、駅構内のカフェで、両親に事情を話した。
「そっか。 わかった」
謙二はそう言い、納得した様子だ。やはり、あの書類を見せたのが真実味を増幅させたのだろう。
少しの間の後、真美は聞く。
「で? 名前はなんていってるの?」
「あー、うん。 一応、はるか、って」
「いい名前じゃない」
「そ、そうかな? ちょっと安直な気もするけど…」
「そんなことないよ。 それじゃあ、はるかの部屋、行こうか?」
彼女がそう提案する。はるかは、それに了承すると、三人は立ち上がった。
会計を済ませ、ローカル線のホームに向かう。その途中、謙二はしみじみと言う。
「前会った時は、お前のほうが背が大きかったんだけどな」
「そういえば、そうだね」
彼は、腕を組み、遠い目をした。
「追い抜かれたときは悔しかったぞぉ」
「今は、僕がその立場だね」
はるかは、苦笑してそう言った。

 

はるかは両親を引き連れて、一時間ほど前と逆の方向へ行き、自宅へと着いた。
鍵を開け、彼らを招き入れる。
「あら。 綺麗にしてるじゃない」
真美は部屋を見回し、そう言った。
「そ、そんなことないよー」
「いや。 前はもっと散らかってたぞ」
「う…。 そう言われれば…」
はるかは口ごもった。その横で、謙二は胸ポケットからタバコの箱を出す。
「あ。 もうなくなってたんだ…」
そう言い、こちらを向いて続けた。
「晴輝、じゃない。 はるか、自販機まで案内してくれ」
「あ、うん。 いいよー」
「真美はちょっと残っててくれないか? 男同士の話がしたい」
言われた真美は吹き出す。
「男同士、ね。 わかったよ」
「あー…。 父娘、だったか」
彼は苦笑し、そう言った。

 

住宅街の小道を、二人は歩く。謙二は、遠慮がちに言う。
「はるか…。 気を悪くしないでくれよ」
「ん? 突然なに…?」
「お前の存在を否定するわけじゃないが…。 母さんはな、女の子をほしがっていたんだ」
「……えっ?」
「だから、内心嬉しいんじゃないか? お前がこうなったこと」
「…そう、かもね」
はるかは、うつむきながら微笑んで言った。
「あ、あと」
「うん?」
「母さん、癌にかかってて…。 もう長くないかもしれないんだ」
微笑みは、驚嘆の顔に変わる。
「次の手術で癌を取り除くことができなきゃ…、あと、半年ってところだ」
「…そっか」
「このこと、内緒だぞ。 言うな、って言われてるから…」
「うん」
そこで、自販機前まで来た。
「銀座にでも行こうか?」
はるかは、小銭を入れている謙二に、そう提案する。
「あぁ、そうだな。 母娘でショッピング、か?」
彼は、そう言いながらボタンを押した。
「そんなとこ」
謙二はタバコを取り出し口から取ると、踵を返し、はるかの部屋に向かった。

 

銀座。三人は、中央通りを歩く。
ショーウィンドウや、店の中の服を見ていた。
そしてまた、一軒の店の中に入る。その中で、二人の姿を、謙二は目を細めて見ていた。
そこに、店員が話しかけてくる。
「かわいい娘さんたちですね」
「えっ?」
「娘さんたちとお買い物ですよね?」
彼は、困った顔をした。
「あーっと…。 片方は…妻です。 同い年の」
「え? あっ! あ、っと……も、申し訳ございません…」
彼女は慌てて謝った。その横で、二人は笑う。
「母さん。 娘さん、だってー」
「もう間違われるような年でもないですよ」
真美は照れながら店員にそう言った。
「そうか…。 俺だけ年を取っていってるんだな…」
俯く彼の肩に、はるかは手を置いた。
「大丈夫だって。 まだまだ若いよ、うん」
「そうか?」
「あ。 白髪発見っ」
「うがぁっ! やっぱり俺はジジイだったのかぁ」
謙二は、店の中なので静かに叫んだ。その横で、店員は小さくなっていた。

 

別の店。ここでも二人並んで商品を手にとって見ている。
まるで、最初から「はるか」だったかのように。
はるかは、ひとつの服を取って真美に差し出した。
「母さん。 これ、どう?」
「あー、かわいいー。 いいかも」
「じゃあ、試着してみてよ」
その言葉に、真美は慌てた。
「え? 私!? そんな若い子が着そうな…」
「絶対似合うってー」
そう言い、試着室へと真美を押す。
真美は、困惑気味に試着をすることにした。しばらくして、彼女は出てくる。
「ど、どう…?」
「うんうん。 いいじゃない。 ねぇ、父さん?」
「あー、うん。 似合ってるんじゃないか?」
はるかは、それじゃあ、と言い、財布を取り出した。
「あれ、頂けます?」
近くにいた店員にそう言った。
「はい。 ありがとうございます」
「え? そ、そんな。 いいって…」
「ううん、いいよいいよー。 いつも物資送ってもらってるしね」
「それじゃあ、甘えちゃおうかな? ありがと」
彼女はそう言い、試着室に戻って元の服に着替えた。

 

午後六時半。商店街の一角のレストランで三人は食事をし終わり、くつろいでいる。
「今日は楽しかったよ。 ありがとうね」
真美は微笑み、はるかにそう言った。
「ううん、僕のほうこそ楽しかったよ」
「また、こんな風に遊べたらいいな」
謙二は、しみじみと言った。
そういえば、もう、これっきりなのかもしれない。
そう考えると、胸の奥から何かがこみ上げてくる感覚がした。
「そうだね…。 また、暇があったら…、いつでも…」
無意識に、涙が出てきていた。はるかは、それ以上言葉を紡ぎ出すことができなかった。
「…っ! ご、ごめんっ…!」
堪らなくなり、席を立ち、一人になるためにトイレへと向かう。
個室に入り、下を脱がずに便座に座り、下を向いて顔を手で覆った。
これから親孝行しようとしているのに。
行っちゃダメ、とすがり付きたい。
大声で泣きたい。
でも、それはできなかった。
もしかすると、まだ大丈夫かもしれないから。
だから、今は、その可能性を信じるしかなかった。

 

午後十時、東京駅。二人は帰りの新幹線に乗るところだ。
「それじゃあ、体に気をつけてね」
真美は、はるかにそう言った。何気ないその言葉も、深く、胸に突き刺さってくる。
「うん。 母さんたちもね」
「そろそろ時間だから、行くな」
謙二は、振り返り際にそう言った。真美も、それに続く。その後姿に、ふと、声をかける。
「手術、がんばってねっ」
言ってしまった。その言葉に、彼女は一瞬言葉を詰まらせた。
「…うん。 ありがとう」
だが、次の瞬間に微笑み、そう返した。話したことは分かっていたのだろう。
二人は、改札を通り、角を曲がった。もう、その姿は見えなくなった。
しばらくその場に立ち尽くす。
「ふぅ…」
ため息をひとつ吐いた後、はるかは歩き出す。自分の、今の居場所へ向かうために。

 

午後十一時。はるかは、今日一日の汗を流している。何気に、手のひらを見る。
「この体、もしかしたら母さんの想いでこうなったのかな…?」
ぽつりと、呟いた。そうだとしたら、もう、この体の役目は終わったのかもしれない。
明日になれば、元に戻っているはずだ。
「…ありがとう」
自分に、いや、この体にお礼を言い、全身を丁寧に洗っていく。
性格が元に戻るかどうかの懸念もした。だがそれは、体についてくるものだと、今回の件で実感した。
また、時間をかければ元に戻る。
長いようで短かったこの生活。割と、楽しんでいられた。
一週間のことを思い出しながら、洗い終わった体を拭いた。
大きいTシャツを着る。次に、ショーツを手に取る。
「…おっと。 戻るんだったら小さいよね、これ…」
そう呟き、トランクスをはいた。腰に引っかからず、歩きづらかったが、それは気にしないことにする。
部屋に戻り、照明を消す。布団に潜って目を閉じると、眠気は訪れてきた。
…いい夢が、見られますように…。

 

 

 

 

 

朝。朝日が顔に当たり、はるかは目を覚ます。
「ん…」
起き上がって、ぼーっとする。その中で、元の姿に戻ってることを思い出す。立ち上がり、トイレへと歩く。
トイレのドアを閉め、便器の前に立ち、トランクスを少し下ろす。気を抜くと、小水が出てきた。
それは、四方八方に飛び散った。
「あっ? あわわっ!?」
何事かと下を向くと、一本の縦筋から黄色い液体が出ていた。
「え、えーっと………」
状況を分析する。
働かない頭で、ようやく理解した。
「も、戻ってないし…」
すべてを出し終わったはるかは、急いで脱衣室に行き、雑巾を濡らして持ってきた。
それで、飛び散ったものを拭いていく。それが終わると、自分にも飛散しているので、それを洗い流しに行く。
「結局、戻らなかったのね…」
惨めな気分になり、浴室でシャワーを浴びながら十数分落ち込んだ。

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