// asaon-07-other-side-view.txt
// 2006-10-24 piske
// Title: 第7話 別視点

午後十時、東京駅。二人は帰りの新幹線に乗るところだ。
「それじゃあ、体に気をつけてね」
真美は、はるかにそう言った。何気ないその言葉も、深く、胸に突き刺さってくる。
「うん。 母さんたちもね」
「そろそろ時間だから、行くな」
謙二は、振り返り際にそう言った。 真美も、それに続く。 
次の一歩を踏み出すところで、ふと後ろから、やや大きく張った声が響いた。
「手術、がんばってねっ」
はるかは、堪らずそう言ってしまった。その言葉に、真美は一瞬言葉を詰まらせた。
「…うん。 ありがとう」
だが、次の瞬間に微笑み、そう返した。
二人は、改札を通り、角を曲がった。振り返ると、はるかの姿は見えなくなっていた。
そこでぴたっと真美が足を止めた。 謙二は、一筋の汗を落とし、停止しながらゆっくりと振り返った。
刹那、首筋に強大な張力が発生した。
「てめぇ、あんだけ言うなって言ったろーが、あぁん!?」
真美は、般若の形相で謙二の胸倉を掴んでいた。
「あ…、いや…。 つい…」
彼女の腕に、更に力がこもり、ぎりぎりと音を立て始めた。
「つい、だあぁ? はるか、めっちゃ心配してるぞ? コラ」
「でも、言っとくべきだろ、これは…」
その言葉に少し思考を巡らせた。 そののち、籠められていた腕の力が徐々に解かれていった。
「まあ、それもそうね…。 でも、約束は約束」
「…ケーキバイキングか? ったく、わーったよ」
観念したように両手を軽く挙げ、謙二はホームへと歩き出した。
「やった♪」
そう言い、真美も彼に倣い歩き出した。
十数メートルの距離で立ち尽くしていたはるかには、雑踏と喧騒によってかき消され、この問答は耳に届いていなかった。

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